2015年2月22日日曜日

少女漫画の呪縛とパートナーシップ③~嫌われる勇気~

最近、ふとしたきっかけで高校時代の友人達にブログの存在を伝えたところ
(多分以前にも伝えたんだけど、当時はスマホ環境の人が少なかったと思われる)、
思わぬ好評を博しまして、えっそんな面白い事書いたっけ、と過去の記事を見てみたら、
お、面白い!(自分で言うけど)
特に、ブログを始めた当初、小まめに書いていた頃の記事が面白い。
やはり”ブログ筋”ってあるんですねー。
くっそー、過去の自分に負けないぞーーーっ(笑)
そして、全部覚えがある出来事(当たり前かw)なのに、全部うろ覚えなのにも驚いた。
やっぱりブログっていいなー。

ってなわけで、2015年は更新が増えそうな予感です!
いろいろ書きたい事はてんこ盛りなのですが、
まずはこの連載の最終回を書きたいと思います。
2014年の個人的なパートナーシップへの気付きを書くシリーズ最終回!
「嫌われる勇気、が自分にあった事を思い出した36になった冬」

さてさて、2014年に周りの多くの人が読んで大絶賛していた、こちらの
「嫌われる勇気」
(画像を貼り付けたかったのですがやり方分からず断念・・)

そんなに面白いと言われるなら読んでみようかなー、と手に取ったところ、
これがとても面白く、あっという間に読み終わりました。
”アドラーの勇気づけ”については、友人が講座をやっていて、
面白そうだなーと思っていたので存在は知っていたのですが、
内容は全く知らなかったので、そういうことかーーー!と。
だから”勇気づけ”なんだなー、と。

一言で言うと、「世界はどこまでもシンプルであり、人は
今日からでも幸せになれる」という心理学の思想。
その思想を”こういうものですよ・・”とつらつらと述べるのではなく、
そんな思想は信じられない!という青年と、哲学者の対話方式で書かれていて、
それがとても読みやすく面白いのです。

本の紹介はこれくらいにして・・

常々、「世界は実はとてもシンプルなのではないか。
複雑化させているのは、”複雑化したい”という思考そのものなのではないか」
と思っていた私にとって、アドラーの心理学は
・・・・だよね、やっぱり!!というものでした。

自分の中に、いつからか分からないけれどずーっとあった、
『人はみんな、同じではないけれど対等だ』という思想。
これが故に、不遜な態度を(図らずも)取ってしまい、周りも自分もトラブルに巻き込んだ
事数知れず・・・
あまり日本社会には馴染まない考え方なのかもしれません。
『承認欲求が特にない』という思想。
これが故に、承認欲求を求める人を、(無意識のうちに)傷つけてきた事も。
『自由とは、他者から嫌われることである』
というこの本のキーワードにも、ぶんぶん頷きました。
何かを大切にすれば、何かを失う。
でも、失う事は荷物を降ろして軽くなることでもあるんだよなー、と。

ぶんぶん頷きながら、思い至った事がありました。
私がパートナーシップを築く事に難しさを感じている理由は、
私が”嫌われる勇気”を唯一持てない相手が夫だからなんだ、と。
そしてそこには、少女漫画の刷り込みで培った!?
『”好き”が全ての源』という考えがあるからなんだ・・!と。

とはいえ、それだけではなく、パートナーシップを築く、とは、
とても難しい、とアドラーも言っています。

(以下、引用)
-----------------------------------------------------------------------------------------------
仕事、交友と続いてきた3つのタスクのうち、愛のタスクがもっともむずかしい。

一緒にいて、どこか息苦しさを感じたり、緊張を強いられるような関係は、
恋ではあっても愛とは呼べない。
人は「この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える」と思えたとき、
愛を実感することができます。
劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、
平穏な、きわめて自然な状態でいられる。
ほんとうの愛とは、そういうことです。

アドラーは言います。
「一緒に仲良く暮らしたいのであれば、互いを対等の人格として扱わなければならない」と。

ただし、恋愛関係や夫婦関係には「別れる」という選択肢があります。
ところが、親子関係では原則としてそれができない。

いまの段階でいえるのは、逃げてはならない、ということです。
どれほど困難に思える関係であっても、向き合うことを回避し、先延ばしにしてはいけません。
いちばんいけないのは、「このまま」の状態で立ち止まることです。
-----------------------------------------------------------------------------------------

難しくて当たり前なんだ。
そう思ったら、なんとなく肩の力が抜けた気がしました。
そうだそうだ、よこちゃん(マドレボニータ赤羽クラスの水口陽子インストラクター
パートナーシップに関する深い洞察、考察、表現で多くの人に影響を与えている)
も”茨の道”って言ってたもんね、って思ったり。

「好き」ですべてを解決できない、でも「好き」がよすがになっている部分もある。
何しろ相手があることで、自分だけではどうにもならない。
それを、”どうにかしよう”ではなく、”どうにもならない”でもなく、
安心して自由にいられる、心地よくお互いがいられるように、
試行錯誤していきたいなーーー!

って、夫はこのブログを読んでいないので、寝落ち回避して伝えていきたいと思います。


↓本文とは関係ないけど、冬の夕方の写真(会社帰り)
葉っぱが落ちた木の枝が夕焼け空に映えてとても美しい、冬ならではの風景です。